第17期 効果測定対策(JR東海事件判決の理論的展開)

行政書士の研修
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最高裁

事実の概要

登場人物:91歳で重度の認知症のA、Aの妻、Aの長男
重度の認知症のAがJR東海の駅構内の線路に侵入し列車に衝突して死亡(平成19年12月7日発生)。
JR東海が、列車の遅延や振替輸送とかにかかった費用720万円くらいの損害賠償を、民法714条にもとづき、Aの妻と長男に請求した。

Aの妻は、重度の認知症のAと同居して介護をしていた。
Aの長男は、別居していたがときどき様子を見に来ていた。

(責任無能力者の監督義務者等の責任)

第714条
前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

第712条
未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。

第713条
精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

第一審判決

結論:Aの妻、Aの長男は損害賠償払え(720万)。
理由:Aの妻は709条の不法行為を行ったから。
理由:Aの長男はAの介護の方針を決め介護体制を構築した「事実上の監督者」であり714条1項の法定監督義務者同条2項の代理監督者と同視できるので、法定監督義務者や代理監督者に準ずべき者であるから(714条1項類推、714条2項類推)。

第二審判決

結論:Aの妻は損害額の半額を払え(360万)。Aの長男は責任を負わない。
理由:Aの妻は、精神保健福祉法上の保護者制度の趣旨や、配偶者の同居義務及び協力扶助義務(民法752条)に基づき、714条1項の法定監督義務者となるから(714条1項)。また、責任無能力者の加害行為の態様、監督義務者等の監督状況、被害者の損害の程度、責任無能力者と被害者の関係などを総合的にに勘案して、賠償額は損害の一部とするべきだから(722条2項類推適用(過失相殺))。
理由:Aの長男は、成年後見人でもなく20年以上別居していいて「事実上の監督者」に該当しない。

PS:二審では成年後見人は714条の法定監督義務者だとされてる。

(同居、協力及び扶助の義務)

第752条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

最高裁判決

結論:Aの妻も長男も損害賠償しなくていい。
理由:Aの妻と長男は714条1項の法定監督義務者ではないし、また法定監督義務者に準ずる者でもないから。

以前は、714条1項の法定監督義務者は、保護者(精神保健福祉法旧22条)や禁治産者の後見人と考えられていた。
しかし、保護者制度(精神保健福祉法旧22条)は廃止された。また、禁治産者の後見人の制度は平成11年に改正され、後見人の療養看護義務から、成年後見人の身上配慮義務に変わった。

よって、改正後の成年後見人に対し、成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めることはできないので、事故が起きた平成19年当時保護者や成年後見人は714条1項の法定監督義務者になることはない。(Aの妻や長男は成年後見人だったとしても責任を負わない。二審判決では成年後見人は714条の法定監督義務者とされていたことの否定。)

また、752条の夫婦の同居、協力及び扶助の義務について、「これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課すものでは」ないので、精神障害者と同居の配偶者が、714条1項の法定監督義務者ではない。(二審判決の理屈を否定。Aの妻は責任負わない)

もっとも、法定監督義務者に該当しない者であっても,その監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から、法定監督義務者に準ずべき者として損害賠償責任を問うことができる(民法第714条第1項が類推適用)

Aの妻は、85歳で要介護1。Aを現実に監督することは不可能であり、監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情はないので、法定監督義務者に準ずべき者に該当しない。
Aの長男は、20年以上Aと同居していないし、監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情はないので、法定監督義務者に準ずべき者に該当しない。


-----------------参考-----------------
法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは
① その者自身の生活状況や心身の状況などとともに
② 精神障害者との親族関係の有無・濃淡
③ 同居の有無その他の日常的な接触の程度
④ 精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情
⑤ 精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容
⑥ これらに対応して行われている監護や介護の実態
など諸般の事情を総合考慮して,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべき

Aの妻は、長年父と同居し、Aの長男らの了解を得て父の介護に当たっていたものの、本件事故当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており、父の介護も長男の妻の補助を受けて行っていたことからすると、Aの妻はAの第三者に対する加害行為を防止するためAを監督することが現実的に可能な状況にあったとはいえず,法定の監督義務者に準ずべき者に当たらない。

Aの長男は、Aの介護に関する話合いに関わり、自己の妻がA宅の近隣に住んでA宅に通いながらAの妻によるAの介護を補助していたものの、Aの長男自身は横浜市に居住して東京都内で勤務していたもので、本件事故まで20年以上もAと同居しておらず、本件事故直前の時期においても1か月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎないことからすると、Aの長男は、Aの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが可能な状況にあったということはできず、その監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえないから、法定の監督義務者に準ずべき者に当たらない。

問題点

JR東海は被害者なのに。被害者が救済されないではないか?
積極的に介護していたら損することにならないか?
精神障害者が加害者になったときどうするんだ?
責任無能力者の家族の負担を軽減する方向。
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